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良心

  • 執筆者の写真: yasushi-takahashi
    yasushi-takahashi
  • 2022年11月23日
  • 読了時間: 2分

更新日:2023年4月7日

とある精神世界をテーマにしたzoomの講座に誘っていただいてこれまで数回参加している。

そこで出てきた話題の中で「良心」が conscience の訳語で明治初期に作られたものであることを知った。


conscience 英和辞書では「良心、道義心、善悪の判断力」などと説明されているが、この言葉は新約聖書の中では συνείδησις シュネイデーシス、συν + ὄιδα + σις 共に知ること、 knowledge shared with another と辞書では説明されている。συν は συμπόσιον シュンポジオン 呑み仲間 の συμ と同じで共に、いっしょにという意味。


つまり本来の意味の中には「良い」というニュアンスはなく、また個人的な内心の有り様と捉えがちだが、そうではなく「他者と分かち合った知」が本来の意味というのはちょっと衝撃...

ちなみに新共同訳の聖書でも συνείδησις は「良心」と訳されている。


conscienceに「良心」の訳語を当てたのは中村正直(1832-1891)という人物で、wikipediaによればサミュエル・スマイルズの『自助論』を翻訳した『西国立志伝』の中で使われたとのこと。この『西国〜』は明治期に100万部以上を売り上げ、福澤諭吉の『学問のすすめ』と並ぶベストセラーだったようだ。


日本国憲法第19条「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」この条文の英訳は Freedom of thought and conscience shall not be violated で、やはり conscience となっている。


「他者と分かち合った知」が善悪を判断するモラルの基底にあるというのが西欧的な認識で、それが遠く古代ギリシアの時代にはすでにあったことに驚く。


儒教的な倫理観を長く社会規範としてきた日本人には、conscienceという言葉の概念とその奥に垣間見られる「個」の存在は、明治から100年経っても理解しづらいのかもしれない。

 
 
 

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