後には引けない、もうやるしかない、という意味合いで使われるが
【賽は投げられた：さいはなげられた】《（ラテン）Alea jacta est》事ここに至ったうえは、結果はどうなろうとも断行するほかはない。〔補説〕カエサルが、軍を率いてルビコン川を渡るときに言ったといわれる言葉。(「賽は投げられた」の正しい意味は？｜由来や使い方を正しく知ろう」)
原文をたどっていくと一般的な解釈とはニュアンスが異なることに気づく
(こちらのwikibooksの記事が詳しい）
ラテン語では iacta alea est または alea iacta est でローマの歴史家スエトニウスの記述から後世に伝わったもの
英語では the die is cast と訳されることが多いようだが、iacta は 動詞 iacio の受動態完了分詞 iactus の女性形単数主格で（alea die が女性名詞単数主格なのでそれに性数格を合わせている）それに英語のbe動詞にあたる sum の3人称単数 est とで「〜されてある」つまり the die has been cast が正確な訳になるだろうか、また現にこの訳文も見られる
カエサルのこの言葉は、帝政ローマ期のギリシャ人著述家プルタルコスの記述がオリジナルとされていて
ἀνερρίφθω κύβος アネッリープトー キュボス
ἀνερρίφθω は ἀναρρίπτω 投げる アナッリープトー の命令法中/受動態完了3人称単数、κύβος は cube の語源となった言葉で単数主格なので κύβος が主語となり「賽は投げてしまえ」 let the die be cast、「賽は投げられたるべし」とするのがより正確だろうか、いずれにしてもオリジナルはスエトニウスのラテン語表記とはいくぶんニュアンスが違っている
プルタルコスは、この言葉に「カエサル伝」と「ポンペイウス伝」の2か所で言及している
「カエサル伝」では
τέλος δὲ μετὰ θυμοῦ τινος ὥσπερ ἀφεὶς ἑαυτὸν ἐκ τοῦ λογισμοῦ πρὸς τὸ μέλλον, καὶ τοῦτο δὴ τὸ κοινὸν τοῖς εἰς τύχας ἐμβαίνουσιν ἀπόρους καὶ τόλμας προοίμιον ὑπειπὼν, ‘Ἀνερρίφθω κύβος,’ ὥρμησε πρὸς τὴν διάβασιν (Plut. Caes. 32.6)
がんばって訳してみた(^^)
最後に一種の情熱とともに、あたかも打算なしに未来に向かって彼自身を投げ出すように、道のない運命や冒険に踏み込むものの始めの決まり文句「賽は投げてしまえ」を発して渡河を急き立てた
この記述から ἀνερρίφθω κύβος は、当時から諺として使われていたらしいことが分かるが、決意表明というよりはまさに博打、文字通り賭けに出るというのが本来意味するところなのではないだろうか
また「ポンペイウス伝」では
καὶ τοσοῦτον μόνον Ἑλληνιστὶ πρὸς τοὺς παρόντας ἐκβοήσας, ‘ἀνερρίφθω κύβος,’ διεβίβαζε τὸν στρατόν. (Plut. Pomp. 60.2)
そしてただ大声でギリシア語で傍の者たちに「賽は投げてしまえ」と叫んでその軍を渡らせた
とわざわざ「ギリシア語で」と書いている
この言葉は、カエサルの時代から250年ほど遡る古代ギリシアの喜劇作家メナンドロスの劇中で、友人に結婚してもいいことはないからやめるように言われてそれに返した男の言葉として登場する
δεδογμένον τὸ πρᾶγμ' ἀνερρίφθω κύβος デドグメノン ト プラァグム 〜
δεδογμένον は δόκεω ドケオー expect, suppose の完了分詞中/受動態中性単数主格、τὸ πρᾶγμα は the matter 、おそらく英語のbe動詞にあたる ἐιμί の3人称単数 ἐστίν が省略されていて「その問題はもう決まってしまったんだ、賽は投げてしまえ」
この言葉はメナンドロスの創作というより当時から諺のように使われていたのかもしれない
「賽は投げられた」はどことなく重々しく運命的な響きがあるが、喜劇の中で使われた言葉「賽は投げてしまえ」は破れかぶれな可笑しみを感じる
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